サードマンは人間の知られざる本能?『奇跡の生還へ導く人』

以前、朝日新聞で掲載された高野秀行さんと角幡唯介さんの対談で興味を持った本を読んだ。

ジョン・ガイガー著『奇跡の生還へ導く人 極限状況の「サードマン現象」』

単行本版を購入して読んだのだが、つい先日(先月末)文庫本化されていたようで、このタイミングって、なかなか悔しい。

「サードマン」とは、探検、冒険、災害など自らの生命にかかわる極限状況いる人の傍らに現れる(認知される)、いるはずのない第三者のことである。

本書では、このサードマンの実際の事例を高所登山、ダイビング、9.11テロ、宇宙ステーション、漂流、極地探査など、幅広く収録しており、これらはいずれも壮絶な極限状況の記録で、この事例だけでも大変読みごたえがある。

 

興味深く思ったのは、サードマンに遭遇した人物はいずれも「誰だおまえは?」という疑問を持たずに、サードマンを認識していたことである。中には、初めからメンバーにいて、そこにいたかのように、サードマンに食事を用意するという人物までいた。

また、サードマンを脅威と認知せず、ポジティブな感情で迎え入れている。つまり、怖い思いをさせるオバケや妖怪のようなものではなく、亡くなった親や伴侶、知人などの親しい人物や、経験のある頼りがいのある人物として感じられ、安心感を得たり、生還に導くように、具体的な行動をアドバイスする事例もある。

 

ところで、購入した大型書店ではこの本を「精神世界」のコーナーに陳列していて、怪奇現象や霊などのオカルト方面の内容を含むのかと思っていた。しかし、実際はこのサードマン現象について、あくまでも科学的なアプローチで検証を試みている本なのだ。

孤独、周囲への注意力、極限状況でのストレス、低温や低酸素などの生理的影響など、事例にある共通の要素を明らかにし、脳科学や神経、精神医学の見解を引きながらサードマンの正体を見つめてゆく。

一方、オカルトではないけれど、宗教的な側面というのは、やはりこの種の話題では避けることができない。本書では、個人の信仰の有無もサードマンの姿を変えているという。また、神話などにある神からの啓示が、実はサードマン現象ではないかという考察も興味深い。

さらに、民族社会にみられるビジョン・クエストのような通過儀礼。これが、断食やサバイバルなどの過酷体験を通して、サードマン現象を体験させるものという見解は説得力がある。

 

しかし、結論としてはすべて解明されず、謎が残る。

 

「生き抜く」という強い自我を持っていることを条件として、人間の生存への本能として、サードマンを生むようなメカニズムが備わっている。本当に孤独でつらいときに、仲間を得られる能力がこのサードマン現象だとしたら、こては感動的だし、訓練でこれをできるようになれば大きく変わるだろうと、著者は述べている。サードマン現象というメカニズムが、人間の生存への本能としてあるのなら、明るい希望でもあると思える。

 

科学で解明されないことは、まだまだたくさんあるということを改めて認識させられるだけでなく、自分自身の中にもあるかもしれない、人間という種が持つ知られざる可能性を感じるし、生命の生存のための高度で複雑なシステムの、その深遠さに想いを馳せずにはいられない。