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複雑に、そして深い人間の因果を描く『優駿』

長い間放置してしまった。

ろいろともがいているのだけれど、もがけばもがくほど深みにはまるというか、木々を詳しく調べることに一生懸命になり、なんという森かを忘れてしまう。そういう人生の深み、あるいは淀みにはまっているのであります…

 

 さて、昨日一気に読了したのが芥川賞作家である宮本輝の長編『優駿』。

宮本輝作品は、「川三部作」と、『春の夢』『星々の悲しみ』しか読んだことがないのだけど、いずれもなかなかの作品。『優駿』は古本屋でたまた手に取って積読になっていたものだ。宮本氏はこの作品で吉川英次文学賞を最年少で受賞している。

 

宮本輝作品は、小説を読む時間の豊かさを本当に実感させてくれる。

優駿』は、北海道静内の小さな牧場で生まれた1頭のサラブレッド「オラシオン」を中心に、これをとりまく人間模様を、鮮烈に、深く描く作品である。

サラブレッドが登場するからには、もちろん競馬がストーリーの重要な部分を占める。ギャンブルとして競馬に、嫌悪や忌避の感覚を持つ方もおられるかもしれないが、この小説は、そういう次元を超えた格調高い作品だと思うので、ぜひとも手に取ってほしい。
ただし、多少競馬の知識があると理解がしやすいとうのは間違いないだろう。

 

生と死を描いた小説は多い。
この『優駿』も生と死が描かれている。しかし、ありきたりの描き方ではなく、ここで描かれる生と死の因果が、とても「人間くさい」のである。人間くさいという言葉には語弊があるかもしれないが、誰しもが持つちょっとした出来心や虚栄心、はたまた一世一代の賭けが、生となり死となる様が鮮烈に描かれている。この小説では、その中心に、「オラシオン」という名の競走馬が据えられている。

血統が重要視される競走馬、血統の良し悪しと特性の現れ方によって、クズ馬となったり、名馬となったり、このあたりにも「人間くさい」カルマによって、馬の命がコントロールされている。また、人間の命もしかりである。

 

一方、出来レースという言葉もある競馬の世界、登場人物の言葉にもある「競馬は走ってみないと分からない」という点が、強く主張されているというのが印象に残る。
その点は、登場人物の行動が結果としてどう転んでいくか、という点と通底しているし、血統を意識したサラブレッド生産の話しにも通じるものである。我々の日常と重ねられる部分も多く、人の人生も「走ってみないと分からない」、そういったギャンブル的な性質を含んでいるという対比も描かれているように感じられた。

 

また、「オラシオン」という馬名の意味でもある「祈り」という行為に着目して読んでみると、また違った読み方ができるかもしれない。ギャンブル的な刹那が溢れる人間社会において、宗教的意味を超えた「祈り」というピュアな行為も各所に散りばめられ、この作品の通奏低音となっている。
時間をおいてから、ぜひ再読してみたい。