“最も自殺率の低い町”の本質を探る-岡檀『生き心地の良い町』

本書は、知的興奮を味わえる読み物であるだけでなく、巷にあふれる「絆」という言葉や、今見直されているコミュニティーの繋がり方を考える上で重要な知見を与えてくれる良書、すばらしい研究の成果である。

著者は、徳島県南部の旧海部町が自殺率の低さで全国のほぼトップだという事実を、「自殺予防因子」から分析するという「先行研究がない領域」(=学問的に価値がないか、研究成果が出ないだろうと考えられてきた領域)に果敢に挑戦された。なんというか、岡さんという方は、この研究に本当に興奮・熱中して取り組まれたのだなということが、紙面から伝わってくる。読んでいて、こちらまでワクワクする。

 

過疎化や高齢化という現代日本の各地方に見られる典型的な課題を抱える海部町であるが、どうして自殺率が格段に低いのか。
そのカギが「コミュニティー」にあると見当をつけた著者は、海部町と隣接する町、県内で自殺が多いA町との比較検討から、海部町のコミュニティーの特有の気質=自殺予防因子を見つけ出す。

 

岡氏は、海部町の住民たちが特有の気質を持つに至った背景には、海部町が江戸時代に他の地方からの移住者で成り立ってきた歴史と関係があると指摘する。異なる地方からの異なる文化習慣を持つ住民が集まった中で、快適、損得を追求した結果として、近隣の町と違った気質を醸成することになった。その海部町のコミュニティー特性が、自殺予防因子として強く働いているというのだ。

また、地図会社と共に指標を抽出して導き出した、気候や地形と自殺率の関係の分析も興味深い。急峻な地形ほど、また積雪が多い地方ほど自殺率が上がる。これは、外出して移動が困難になるため、住民同士の接触が減ることや、病院や集会などの公共サービスへ出にくくなり、悩みなどを抱え込んでしまうような事態が起き、これらが自殺危険因子となっていると指摘している。

本書では海部町との比較として、同じ徳島県内の自殺多発地域A町を対象として検討、考察している。A町は、急峻な地形に集落が点在しており、古くからの日本人の美徳として言われる「他人に迷惑をかけない」とか「耐える」という住民気質が根強くのこっている。この日本人の美徳と言われることもあるこれらの気質が、上記の地理的な要素からくる自殺危険因子を増長していると指摘しているのだ。この考察には、おもわず膝を打ってしまった。またA町民にも、この調査結果を率直に伝えたところが印象に残る。

どちらの町にも、自殺の可能性を高める自殺危険因子がある。
著者は、両町の比較を踏まえて、自殺危険因子を減らすより、むしろ自殺予防因子を高めることが、自殺を減らすのに大事なのではないかと言う。

 

では、温暖な海部町のような太平洋側の平坦地に移住させることが、自殺対策になるのか。はたまた、これまでの日本人の美徳ともいわれる住民の気質を捨て、海部町の住民のように大変革するべきなのか。

否、著者がすすめるのは「いいとこ取り」である。
海部町のコミュニティーの特性を、うまく自分たちのコミュニティーにも取り込むのがいいだろう、と提案している。実際、海部町のコミュニティーも、江戸時代から異なる地域からの文化も習慣も違う住民たちが集まって、今日のコミュニティーを築いてきた。それが住民たちが得するように「いいとこ取り」をしてきた結果なのだという。

 

ゆるやかな絆、あっさりした付き合いが自殺予防因子として働いている点は意外だった。いわゆる日本人の美徳といわれるものを再評価したり、やたら「絆」という言葉を強調する動きが3.11後ある。しかし、それらがプラスの働きばかりするとは限らないという指摘は、謙虚に受け止めるべきだと思う。

「絆」の「強さ」よりも、今後はその「質」が問われ、試されるのだと思っている。